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1999夏(3)ヴェネツィア [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/6

 昨夜は蚊に刺されたところが痒く、熱っぽく、睡眠不足でしたが、窓から見えるサンジョルジョ・マッジョーレ教会が呼んでいます。

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遅い朝食を済ませ、娘はアカデミア美術館へと別れて行動しました。ホテルの目の前から水上バスで近距離(500mくらい)のサンジョルジョマッジョーレ島へ。船着き場の目の前は教会 のファサード、オープンを確かめてほっとする瞬間です。

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☆サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂

教会の始まりは8世紀ですが、10世紀には島ごと ベネディクト会に寄贈され修道院として管理されています。13世紀の地震の崩壊、その後は1565年のアンドレア・パラディーオによって改修~建設へと進み、1610に全完成。鐘楼は1791年に完成。ファサードは古典主義。

教会建築にはあまり興味はなく、すでに記憶はないのですが、ここの訪問の目的はほかにありました。内部の聖職者席にあるティントレットの絵画鑑賞です。カメラ禁止のうえ、ここでは絵葉書は売っていなかったような・・・。

ティントレットTintretto(1518~1594)バロックを先取りした動的でドラマティックな画面を創造し、ヴェネツィアで活躍。サンジョルジョ・マッジョーレ聖堂の宗教画(油彩)は最晩年に描かれた代表作です。ここには3枚の大作が残されていて

(1)マナの収集 (1592-94)377×576

(2)最後の晩餐 (1592-94)365×568

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スポットライトを浴びたキリストと弟子たち、天上からの祝福の天使たち 、周囲には食事の支度をする信者たちの姿が舞台上に現れたかのような、ざわめきが聞こえてきそうな・・・。臨場感あふれる画面です。

 (3)キリストの埋葬(1593-94)288×162

 見学者は極少なく、熱心に観ていた私に監視係の僧のかたが「プロフェッサーか?」と声をかけてきました。「いいえ、ツーリストよ」(でも嬉しかったです)

 水上バスで戻る前にサンジョルジョマッジョーレ島船着き場から

サンマルコ広場方面

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↓サンザッカリア 教会と右隣のホテル・メトロポールをカメラに収めました

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 2年前にも訪れましたが、カルロ・クリヴェッリとピエロ・デッラ・フランチェスカを見逃していたようなので、アカデミア美術館へ。

☆アカデミア美術館(2)

他は軽く流して目的の部屋を探しだして、ようやくご対面できました。

↓カルロ・クリヴェッリ「聖ヒエロニムスと聖アウグスティヌス」(部分)1492頃/187×71  カメリーノ大聖堂の多翼祭壇画の一部。鮮やかな赤の枢機卿姿のヒエロニムスとアトリビュートのライオンが迫力。

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同祭壇画の「玉座の聖母子」は別名「ろうそくの聖母」として有名。晩年の傑作といわれています。絵葉書がないのでNETから拝借しました。

 ↓ピエロ・デッラ・フランチェスカ「聖ヒエロニムスと寄進者」1470-75頃 40×42 

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この絵は小さいこともあり、印象はあまり強くありませんでしたが、数学者でもあったピエロの冷静な眼を感じさせ、綿密に描かれた佳品です。右の寄進者の赤に対比させた聖ヒエロニムスのモノクロっぽい色彩、背景の塔の街(サン・セポルクロ?)や小高い丘、一本の大木の向こうにおぼろげな朝日の光りを配し、遠近法の理論家でもあった(著書も残した)画家のテクニックが冴えています。(MY HPより)



☆サン・ロッコ同信会館(2)

 ここも2年前見逃していた2階部分と昨年トゥールーズのオーギュスタン美術館で知った「エジプトの聖マリア」をティントレットが描いていたことを知り、再確認のため訪れました。

↓ティントレット「瞑想するエジプトの聖マリア」1583-87  425×211

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 ↓ティントレット「ピラトの前のキリスト」1565-67 /515×380

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 ホテルの部屋で休んでいましたら、娘も「疲れた~」と戻ってきました。このあとは夕食までベネツィア散策。映画『ベニスに死す』の一場面(主人公がこんな井戸のある裏道みたいなところで雨が降り、黒く染めた髪が濡れて・・・)を思い出すような場所。

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そうそう、日本から持ってきた虫刺されの薬は効かないので薬局へ。虫刺されの薬ってなんていうの?~面倒なのでスカートをめくって現物を披露(笑)一発でお薬が出ました。

まだ改修中のフェニーチェ劇場から裏通りを進み、お魚のおいしいトラットリアでベニスらしい夕食にありつけ、満足満腹でサンマルコ広場を横切ってホテルへ。


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1999夏(4)ヴェネツィア~パドヴァ [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/7

 パドヴァに向かう朝、ホテルの強力なお勧めでムラーノ島へ。グラス工場の見学というのでこれから長旅で買えるわけはないのでいったんは断ったものの、それは別にムラーノ島へ行って来たら?というので、水上タクシーも無料というし・・・これだから高級ホテルは嫌。みんな金持ちと思ってる~。 

確かに降り立った島の風景はカラフルな民家が並んできれいです。そちらに向かって歩こうとすると、ボートの 運転手さんがガラス工場はこちらと言って、連れていかれました。工程見学からショッピングセンターへ。欲しいものはバカ高いし、お断りしてホテルに戻りました。後味悪い想いで荷物を受け取り、列車で次の目的地パドヴァに向かいました。

実は私はパドヴァは3回目だったのですが、娘は未訪問でしたので、ラヴェンナでオペラの仲間と合流する前にここで1泊することにしました。ホテルはタントーニオ聖堂の広場に面したドナッテロホテル。その名のとおりドナッテロのガッタメラータ騎馬像の見える部屋に泊まりました。ホテル自体は古く、朝食も貧弱なものでしたが、眺めは素晴らしく良い思い出になりました。早速街の散策へ。ランチはエルベ広場のテラス席で。

☆サンタント-ニオ聖堂Basilica del Santo

聖アントニウス(1195-1231)を奉った、イタリア国内でも屈指の篤い信仰を集めている教会です。 現在の建物は16世紀のものですが、屋根に並ぶクーポラがオリエンタルなムード。

↓Googleで確認したところ7つのクーポラが見えました。左角の緑の庇の建物がホテルです。

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 ↓部屋からのサント広場。黒くペイントで囲んだのがガッタメラータ像です

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↓クーポラや側面は改修中

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↓タントーニオ聖堂の2つの回廊(13~15世紀)へ。参拝者も少なく静かでした。

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↓内部の周回廊の「磔刑図」は現代フレスコ画の巨匠アンニゴーニの作品(1983)

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↓豪壮な主祭壇はドナッテッロの彫刻で構成されていますが、近くで観られないのが残念です。

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 タントーニオ聖堂から駅に向かって北に1Kほど のところが、スクロヴェーニ礼拝堂です。ジョットの壁画で装飾された美術史上でも重要な位置を占める場所です。1991.1997と訪れていましたが、今回は今まで見過ごしていたところを注目。ジョットはプルーストの『失われた時を求めて』にでてくる画家たちのひとりなのです。礼拝堂の最下段の壁画には聖書のテーマとはかけ離れた寓意像(7つの美徳と7つの悪徳)で占められています。物語には美徳の「慈愛」がでてきます。来るたびにここは見学者が増えて、じっくり鑑賞する気分になれなく、疲れました。

↓絵葉書は勿論「悪徳」です。馬鹿/移り気/憤怒

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 隣接する市立美術館とエレミターニ教会も再訪。ホテルへ 戻る途中パドヴァ大学を通りかかりました。この日は卒業式だったのでしょうか?医学生たちが大騒ぎでお医者さんの卵をたたいたり、つねったりしています。患者さんの痛みを教えこむというなんと!荒々しい祝福の行事。この大学独自のものなのでしょうか?夕食はホテルの近くで済ませましたが、観光客(ドイツ人たち)につられてはいって大失敗(涙)。今までのイタリアで一番不味い食事になりました。

↓絵葉書ですがアントーニオ聖堂の夜景

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 ベニスで買った虫刺されの塗薬がようやく効いて、ぐっすり眠れました。 

 

 

 

 


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1999夏(5)パドヴァ~ラヴェンナ [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/8

 そうそう、ミラノ中央駅でのスリ事件のことです。ヴェネツィアまでの列車2~3時間の間に30万円ほどパソコンなどの購入に使われてしまいました。被害届は 日本に帰ってから近くの警察署でもらえ、イタリアの警察に行く暇もなかったので、助かりました。カード会社の保険で実損は現金のみでしたが、ちょっとした油断でまんまとやられてしまったのは実に悔しいことでした。このときのミラノは蚊に刺され、財布とカードを盗まれ、ひどい目にあいましたが、この後は順調に旅が続きました。

 パドヴァから列車でラヴェンナへ。フェッラーラで乗り換えのときホームのバールで美味しい焼き立てパニーニ を食べて

↓フェッラーラの駅ホームで

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オペラ仲間たちと合流するラヴェンナでは Best Western Hotel Bisanzioに2泊しました。友人たちは翌日同じホテルに泊まることになっています。チェックインのとき片言のイタリア語を使ってみましたら、大げさに褒められて、恥ずかしい・・・。

 ラヴェンナは1991年にツアーで寄り1泊していますが、街自体がビザンティン美術の宝庫のようなところですから、再訪できて嬉しくてわくわく、荷物を置くとすぐにタクシーでまず郊外のクラッセへ。

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 ☆サンタポッリナーレ・イン・クラッセ聖堂 Basillica Snta'apollinare in CLASSE 

 クラッセは古代ローマ時代には港があったそうですが、今は海からは遠く7Kほど離れています。教会は6世紀に建築が始まり、鐘楼は10世紀、12世紀の部分もあります。1991年に5月の陽光のさす聖堂を訪れたときの感動はこの日は残念ながら曇り空で、少々陰り気味。

↓後陣のモザイク(6~7世紀/絵葉書)

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↓上のアプシスに描かれた巨大な十字架を拡大した絵葉書

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 帰途は聖堂の受付でバスの時間と停留所の場所を確認、まもなくやってきたバスでラヴェンナの駅前で降車。夕方の見学時間終了が迫っています。急いでサンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂へ。ここは初訪問でした。

☆サンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂 Basilica Santa’apollinale Nuovo 

テオドリクス 王が5世紀末にアリウス派のために建立しましたが、560年ころにカトリックの教会になりました。円形型の鐘楼は9-10世紀。

↓内部は三廊式で身廊の壁面は素晴らしいモザイク画で覆われています(絵葉書)イエスに向かう殉教者の行列。

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↓ 玉座の聖母子と天使

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シンプルな構造のバジリカに白い衣装の殉教者や聖女たちの行進の姿。華麗ではあるけれどもひたむきな信仰心があふれ、とても印象的でした。 

 明日からはいよいよオペラ行脚が始まりますし、O先生引率のグルメやワインも待っています。この夜は自重してホテル 内のレストランで食事。

 

 

 

 

 

 

 


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1999夏(6-1)ラヴェンナ [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/9

 この日も友人たちと合流前にせっせと古都ラヴェンナ巡りをしました。まずは再訪のサン・ヴィターレ聖堂とガッラ・プラチディア霊廟へ。

ラヴェンナ国立博物館と共通チケットのため、まずMuseoの見学をしましたが、カメラ禁止だったこともあり、ほとんど記憶に残っていません。そして同敷地内のサン・ヴィターレ聖堂へ。

☆サン・ヴィターレ聖堂 Basilica di San Vitale

 6世紀に建てられた八角形プランのバジリカはラヴェンナの華といえるほどのモザイク画が残っています。堂内は二層の列柱アーチで囲まれ、↓内陣 天井の豪華なモザイク装飾にビザンツの宮廷文化がうかがえます。

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後陣の左右にはラヴェンナのモザイク画の中でも最も有名な「ユスティニアヌス 帝と廷臣たち」と

↓「皇妃テオドーラと従者たち」

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天のキリストに地の皇帝という構図が浮かび上がり、改めてラヴェンナのビザンティン美術は宮廷の権威を示したものだと感じ入りました。

 続いてサン・ヴィターレの裏手にあるガッラ・プラチディア 廟へ。

☆ ガッラ・プラチディア廟 Mausoleo di Galla Placidia

ラテン十字形の小さな聖堂は波乱の人生を送った西ゴートの王妃 ガッラ・プラチディア(386-450)の霊廟として建てられましたが、彼女はローマで没したため遺骸はここにはありません(諸説あり)。堂内は狭い上に人があふれ息苦しいほどでしたが、密度の濃いモザイク画の宗教性に惹かれました。堂内はアラバスターの窓からの光に限られ暗いのですが、繊細緻密にデザインされたモザイクの輝き。一種隔絶された世界にいるような不思議な体験でした。

↓ 天井の深いブルーに無数の星がちりばめられて、半円形のルネッタには「善き羊飼いのキリスト」(絵葉書)

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↓植物の装飾モザイク(絵葉書)

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 外にでると真夏の太陽がぎらぎら照りつけ暑いこと!近くのカフェに逃れ、軽くランチをとり アリアーノ(アウリス派)洗礼堂(初訪問)へ。

続きます~。 

 

 

 


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1999夏(6-2)ラヴェンナ [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

~続きです。

☆アリウス派洗礼堂 Battistero degli Ariani

 キリストの神性を否定したとされるアリウス派は381年のコンスタンティノポリス 公会議で異端の糾弾を受け、次第に正統派に合流していきますが、ここラヴェンナには6世紀の後半に建てられた八角形の小さな洗礼堂が残っています。

↓天井のモザイク画は中央にキリストの洗礼、周りに12使徒。カメラ禁止のためNETから拝借

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 ラヴェンナ市内には重要な洗礼堂がもう一か所あります(ドゥオーモ 付属の正教徒洗礼堂)が、夜のオペラに備えて休息の必要あり、ホテルに戻りました。友人たちもボローニャから無事到着。オペラの前に早めの夕食をとるため着替えて、全員集合(9名)して出発~!

↓ポポロ広場で

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 夕食はアリギエリ劇場近くで賑やかに。食事中、劇場からソプラノの声が聞こえてきて、ラヴェンナ音楽祭のムードは高まって きました。

1999年夏のラヴェンナ音楽祭はとても華やかでした。リッカルド・ムーティ夫妻が中心に(夫人が総裁)開催され、この夜の『ドン・ジョヴァンニ』 もムーティの指揮と名歌手たちをそろえた素晴らしい舞台でした。早くから情報をキャッチされ、チケットを手配してくださったO先生に感謝です。

 ♪『ドン・ジョヴァンニ』モーツアルト

     指揮:リッカルド・ムーティ  演出:ロベルト・デ・シモーネ

ドン・ジョヴァンニ:カルロス・アルバレツ  レポレッロ:イルデブランド・ダルカンジェッロ  ドンナ・アンナ:マリエッラ・デヴィーア  ドンナ・エルヴィラ:アンナ・カテリーナ・アントナッチ  ドン・オッターヴィオ:ミハエル・シャーデ  ツェルリーナ:アンジェリカ・キルヒシュラガー

  オーソドックスな演出で、舞台も衣装もティエポロの絵画風という絢爛さ。去年のザルツでのタミーノに続いて聴いたシャーデはホントに素晴らしい。若手のキルヒシュラーガーもチャーミングな容姿もあってこの役にぴったり。他の歌手も言うこと無し。この後は決して観ることはかなわないほどの公演と当時は思わなかったのですが・・・。ムーティも私たちも50代若かった?です。この劇場の付近はバールがいくつか並んで休憩のときもリラックス。この街自体がビザンチンの美術館みたいなところ、素晴らしい環境でのオペラ体験は忘れられない思い出になりました。

参考映像: モーツアルト(1756~1791) 「ドン・ジョヴァンニ」

Don Giovanniドン・ジョヴァンニ・・・・・・・・・・・ サミュエル・レイミー(バリトン)騎士長・・・・・・・・・・・・・・・・・・ パータ・ブルシュラーゼ(バス)その娘ドンナ・アンナ・・・・・・・・ アンア・トモワ・シントー(ソプラノ)彼女の許嫁ドン・オッターヴィオ・・・・ エスター・ヴィンベルイ(テノール)ドンナ・エルヴィーラ・・・・・・・・・・・ ユリア・ヴァラデイ(ソプラノ)レポレルロ・・・・・・・・・・・・・・ フェルッチョ・フルラネット(バス)ツエルリーナ・・・・・・・・・・・・・・ キャスリーン・バトル(ソプラノ)マゼット ・・・・・・・・・・・・・・・・ アレクサンダー・マルタ(バス)ウイーン国立歌劇場管弦楽団・合唱団指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン演出:ミヒャエル・ハンペ収録:1987年ザルツヴルグ音楽祭 1996.10 道新教室にて  

オペラのはねた後はまたまたお酒タイム、明日の朝早いのに・・・。
     

 

 

 

 

 

 


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1999夏(7)ラヴェンナ~エクサンプロヴァンス [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/10

 娘とはここラヴェンナでお別れですが、私は早朝の出発なので、先にチェックアウト。列車でボローニャまで行き、ボローニャの空港に移動、そしてミラノへ飛んで飛行機を乗り換えマルセーユ空港へ。飛行機が遅延してマルセーユ空港に着いたのは夕方になっていましたが、なんとかオペラに間に合って良かったです。ホテルはミラボー大通りと司教館(中庭でオペラ)の中間くらいにある便利なホテル・マノワールでした。着替えてオペラ会場の司教館中庭へ。野外なので夜はかなり気温が下がりジャケット着用。毛布を抱えている方もちらほら。

↓市庁舎付近の広場

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↓司教館中庭、二階席方向

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 ♪~ 『ポッペアの戴冠』モンテヴェルディ 21:30 開演

     指揮:マルク・ミンコフスキ  演出:クラウス・ミハエル・グリュベール

ポッペア:ミレイユ・デルンシュ  ネローネ:アンネ・ゾフィ・フォン・オッター  オッターヴィア:ロライネ・フント  オットーネ:アンナ・ラーソン  アルナルタ(乳母):ジャン・ポール・フシェクール  セネカ:デニス・セドフ ドルジッラ:ニコル・ヘアストン  愛の神・ダミジェッラ:カサンドレ・ベルソン  幸運の神 :マリー・ホセ・トルル
美徳の神・小姓バレット:マグダレーナ・コジェナー

     ♪~丸一日かかった移動で疲れていましたが、この夜の公演は入門者の私にとってはオペラにますますはまるきっかけになった想い出の舞台です。指揮者のミンコフスキ、そして彼の率いるLe レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル-グルノーブル(MDLG)の古楽器の調べにうっとり。大好きなオッターの歌も演技も光っていましたし、デルンシュの誘惑のくねくねダンスや乳母役のフェシクールの洒脱さにも脱帽。バロックに惹かれるきっかけにもなった優れた演奏に感嘆し、見上げると夜空に星が瞬いて、なぜか運命的なものを感じていました。

↓チケット 

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 参考映像:MONTEVERDEIモンテヴェルディ(1567-1643)< ポッペアの戴冠>L’Incornazione di Poppea

ポッペーア・・・・・・・・ラシャエル・カール(ソプラノ)ネローネ・・・・・・・・・・・ エリック・タピー(ソプラノ)オッターヴィア……・ドゥルデリーゼ・シュミット(メゾ・ソプラノ)オットーネ・・・・・・・・ポール・エスウッド(バリトン)セネカ・・・・・・マッテイ・サルミネン(バス)ルカーノ・・・・フィリップ・フッテンロハー(テノール)チューリッヒ歌劇場モンテヴェルディアンサンブル

指揮:ニコラウス・アルノンクール演出:ジャン・ピエール・ポネル収録:チューリッヒ歌劇場 

 南仏の「エクサンプロヴァンスの夏の音楽祭」も初めてでしたが、観客もお洒落な雰囲気の方たちもが多く、街自体もローカルでありながらあか抜けた雰囲気です。勿論食事やワインもGOOD! 明日からの観光も楽しみです。

 ↓シングルはシャワーのみ、エアコン、冷蔵庫なしですが裏庭から涼しい風が入り、隣家の子供たちの声もたまに聞こえて、アット・ホームな雰囲気が気に入りました。

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1999夏(8)エクサンプロヴァンス [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/11

 昨夜はオペラの終わった後もホテルでみんなで賑やかにワインとピザの夜食。朝食室(屋内)を使わせてもらいました。今日はのんびりと初めてのAix-en-Provenceの観光です。

↓ホテルの朝食は昔修道院だった面影のあるテラス席で。

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友人4人でインフォメーションへ。明日の半日バスツアーの予約をとった後は旧司教館のタペスリー美術館やサン・ソヴール 大聖堂の見学をしました。

↓旧司教館 

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↓中庭は明日のオペラの舞台 

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☆サン・ソヴール大聖堂 La cathedrale Saint-Sauveur 

ロマネスクの回廊は時間制で見学できませんでしたが、この教会で最も古い部分、メロヴィング朝時代の洗礼堂は暗くひんやり、古い石のオーラ。5世紀から17世紀までの様々な建築様式が入り組んで、正面扉口もゴシックとロマネスクが並んでいます。

↓ミラボー大通り  プラタナスの並木がトンネルのような木陰 になっています。

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↓ド・ゴール広場の噴水

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  ↓そしてホテル近くの青空市と酒屋にもよってお買い物。新鮮な果物や野菜にオリーブ屋さん

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↓種類が多くいろいろと試食し購入。そして、ワインが飲みたい~!と、酒屋へ。お土産用にもローカルなロゼを一本。これは家人に大好評でした(しかも800円くらい)

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 ホテルへ戻り友人のツインの部屋で持ち寄りランチ。ワインも飲んで(昼間のお酒はよく効きます)、ほろ酔い・・・自室に帰り午睡。この夜はオペラがないので、ぐっすり夕方まで寝ていたようです。ロビーに集まり、O先生が予約してくれた近所の魚のおいしいと評判のレストランへ。

↓Tシャツからちょっぴりお洒落して

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狭い路地のテーブル席で、初めての本場のブイヤベースをいただきました。店のご主人が食べ方など教えてくれて(このときO先生にぴったり寄り添う感じで後々の話題に)魚自体よりスープの濃厚な味わい!とても美味しかったです。40代1人、60代1人、あとは50代7人のグループで、大いに食べて飲んで楽しい路地裏宴会でした。明日からまた強行日程が続きますのでこの日は良い休養日になりました。


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1999夏(9)エクサンプロヴァンス [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/12

 Aix-en-Provenceから周辺の町や村をめぐるバスツアーは毎日ありますが、曜日によって行き先が変わります。今夜はオペラがあるのですが、この日の午後出発の「リュベロンの村巡り」にはシルヴァカーヌ修道院が入っていましたので前日予約しました。友人4人で午前中はグラネ美術館へ。ミラボー大通りの東側の突き当りまで 歩き小さな路地を曲がると、美術館とサン・ジャン・ド・マルド教会がひっそり建っています。教会にはドラクロワの磔刑図があります。

☆グラネ美術館 Musée Granet(初)

 地元の画家グラネの名前がつけられ、ご本人の絵画が多数。そのほかにここエクスが故郷のセザンヌの初期の作品がいくつか展示されていましたが、あまり印象に残る作品は展示されていませんでした。ここで見逃せないのはフランドルの先駆的画家のカンパン「栄光の聖母と2聖人と寄進者」(絵葉書)でしょう。もう一点はアングルの傑作「ユピテルとテティス」なのですが、昼休みの鐘がなり、追い出されてしまいました。

↓カンパン「栄光の聖母と2聖人と寄進者」48×31.6

 

 ランチはミラボー通りとド・ゴール広場に面した1等地の角のカフェで。南仏名物ニース風サラダをオーダーしたのですが、メニューに卵が入ってるはずなのに、実際は入ってこなかったので、フランス語のできる友人が文句言ったのですが…聞こえない、わからないふりして嫌な感じでした。 

 さて、同じ広場からツアーバスは出発しました。フランス語と英語でしたが、例えば美しいとか綺麗だとかのフランス語の表現は多彩なのに英語の案内に切り替わるとビューティフルで簡単に片づけられてしまって…あらら。英語が苦手なガイドさんでした。

前年のフランス中部のロマネスク教会を巡ったツアー以来ロマネスク美術偏愛気味になってしまった私ですが、シトー派の修道院を初めて訪れたのはこの夏の暑い日(気温は35度近くまで上がりで、道産子の私達4人にはハードなエクスカーション。私達を含め日本人が10人程、台湾からの女性達を含めアジア系の女性が多く、ひとり旅の若い方も多いのは、それだけ観光しやすいということです。エクサンプロヴァンスの観光バスはとても充実していて、一週間滞在しても毎日違うコースでこの近辺を巡ることができます。特にこの時期(7月)はラベンダー街道巡りの特別コースも設定されています。                      

バスはこの地方らしいひまわり畑の見える田舎道を北のリュベロン地方へ向けて走り、デュランス川の近くの修道院に到着。入り口はブックショップを兼ねていてここを抜けると修道院の正面にでます。情報ではここにもラベンダーが咲いているはずだった?のですが、教会の前には花の影も形もなし・・・私の勘違いで、セナンクと混同していたらしいのです(汗)。

↓バスの車窓から

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↓バスを降りたところからと修道院正面

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 ☆シルヴァーカーヌ修道院 Abbaye de Sylvacane

シルヴァーカーヌとは「葦の森」の意味があるとおり、創建当時は人里離れた森の中だったのです。今迄見てきたロマネスク聖堂と違い、アカンサスの葉模様の柱頭彫刻が見られる以外はほとんど装飾がありません。回廊も素朴、ずしりと石の重量感が迫り、ここでの修道士の生活は相当に厳しいものと想像されました。
見学した時点では、美術的な装飾が少ないのが物足りなくも思えたのですが・・・あの盛夏の光と回廊の影が、清清しく印象に残り、他のシトー派を訪ねたいとの気持ちが次第につのってきて、私にとってはシトー派聖堂めぐりの原点となったところです。

↓ 回廊と中庭

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↓絵葉書

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   このバスツアーはリュベロンの小さな村、ルールマランやアンスイなどに立ち寄り、夕方エクスに戻るコースでした。確か3か所は下車して散策したのですが、写真がどこで写したものかほぼ不明ですが「フランスの最も美しい村」に選ばれている素朴で静かな村の散策(自由時間が多かった)を楽しみました。

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↓ルールマラン城 

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  夕方にエクサンプロヴァンスの町に戻り、休む間もなく着替えてベトナム料理屋さんで夕食。そして、旧司教館の中庭でオッフェンバックの『美しきエレーヌ』を観ました。

↓チケット 2階席でした 

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♪~オッフェンバック『美しきエレーヌ La belle Hélène』21:30開演

 指揮:オリヴェ・カスパー  演出:ヘルベルト・ヴェルニケ

パリス:アレクサンドル・バデア  メネラウス:ダレ・デューシング
エレーヌ:ノラ・グビッシュ  アガメムノン:ヴィクトル・ブラウン
オレスト:ドミニク・ヴィス

     
   ♪~この会場はタペスリー美術館でもあるので、前日昼間見学に立ち寄ったときはこの公演の準備中でした。

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 諷刺のきいたオッフェンバックのオペラなので覚悟していたのですが、細かいセリフがさっぱり理解できず残念。演出は大好きなヴェルニケ、ロココの舞台やヘレネのドレスが美しく、最後はおもちゃの汽車ポッポが舞台前面を横断するように走り、最後尾に木馬が乗っていたので爆笑。オッフェンバックの楽しいノリノリの曲も含めて私はもちろん気に入ったのですが、友人たちには不評だったようです。歌手たちも生き生きと歌い演技し、そのパフォーマンスは素晴らしいものでした。パリス役のバデア(若くてハンサム!)はこのときが初めてでした。あのラヴェンナでの古典的イタリア美の舞台とはかなり違った、モダンでお洒落なフランスの最新の舞台を2つも観ることができました。

 そのうえ、この素敵な街で3泊してプロヴァンスの三姉妹と言われるシトー派のロマネスク教会もひとつ訪問できて、充実した滞在でした。涼しい夜風に吹かれながら幸せな気分で宿に戻りました。さすがに疲れて夜食はパスして部屋へ。明日はオランジュへ向かいます。

↓ホテルの向かいにあったレストランの看板犬

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1999夏(10)エクサンプロヴァンス~オランジュ [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/13

 初訪問のエクサンプロヴァンスを愉しんだ後は列車でマルセーユ経由でオランジュへ。マルセイユで乗り換えの時間があり、ランチは駅構内の食堂で。場所柄あまり期待していなかったのですが、ブッフェスタイルで結構おいしかった記憶があります。この後、トイレに行ったのですが、手が汗で滑ったのか出るとき鍵が開かなくなって、大慌て。幸い友人が外から「落ち着いて!もう一度やってみて」と声をかけてくれて、ようやく脱出できました。その節はありがとうございました。そしてオランジュへ向かいましたが、フランスの中でも治安が悪いといわれていたマルセイユの駅を列車が出るとき、友人がお財布を掏られてしまいました。O先生のバックもファスナーを開けられて、危ないところでした。

 さて、がたがた騒いでいるうちにオランジュに到着。宿は駅前の3☆ル・ルーブルホテルに1泊しました。私は重いトランク(当時はハードカバー)をミラノ空港に預けてましたので、何とかなりましたが、列車の旅での移動はやはり大変です。個人旅行の最大のリスクといってもよいでしょう。特に腰痛がちなので、この後の旅でもいろいろと工夫しなければなりませんでした。

オランジュ の目的は野外劇場でのオペラ『椿姫』鑑賞です。部屋で休息の後、ロビーで勢ぞろい。揃ってアリーナまで1Kほど歩きました。途中のブラッセリーで夕食。このときの生ハムとメロンの前菜は◎でした。アリーナのそばでプロヴァンサル模様の可愛いクッションを買っていたので購入。出入り口は舞台に向かって右側1か所だけ?かなり混雑しました。(収容シート8500)席は上段に近かったので、高所から見下ろす形でした。

↓チケット

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♪~ヴェルディ『椿姫 La Traviata』 21:00~

指揮:ベルトラント・ビリー  演出:ロベール・フオルチュヌ

ヴィオレッタ・ヴァレリー:ルース・アン・スウェンソン
アルフレード・ジェルモン・:マルセロ・アルヴレス
ジョルジョ・ジェルモン:エドワード・チュマギアン(バリトン)
ドウフォール男爵:マーク・シュネイブル(バリトン)
医師グランヴィル:エリック・マーチン・ボネット(バス)
アンニーナ:ヴィオリカ・コルテス

       ♪~序曲が始まると背景の石の壁にレザー光線が劇場のバルコン風景を写し出し綺麗~!。当時METで活躍していたスウエンソンが快調、つきぬけるような高音の素晴らしさに大拍手!!。大きなスペースを活かした演出も心に残りました。特に間奏曲が奏でられるとき、黒い衣装の葬列が舞台を横切るという哀しみに満ちた場面は忘れられません。ブルゾンは代役、アルバレスはやや不調(遠くてよく見えなかったので代役だったのかも)

↓カーテンコール

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参考映像:ヴェルディ (1813~1901)<椿姫>

La Traviataヴィオレッタ・・・・・アンジェラ・ゲオルギウ(ソプラノ)  フローラ・・リー・マリアン・ジョーンズ(メゾ・ソプラノ)   アンニーナ・・・・・・・ジリアン・ナイト(ソプラノ)   アルフレード・・・・・フランク・ロパード(テノール)   ジェルモン・・・・・・・・・レオ・ヌッチ(バリトン)   ガストーネ子爵・・・・・・ロビン・レガーテ(テノール)   ドゥフォール男爵・・リチャード・ヴァン・アラン(バス)   ドビニー侯爵・・・・・ロデリク・アール(バス)   医師グランヴィル・・マーク・ビーズリー(バス)   ジュゼッペ・・・・・・ニール・グリフィス(テノール)   フローラの召使・・・・ロドニー・ギブソン(バス)   使者・・・・・・・・・・・ブライアン・セコンベ(バス)

管弦楽:コヴェント・ガーデン・ロイヤルハウス合唱団・管弦楽団

指揮:サー・ゲオルク・ショルティ   演出:リチャード・エア  合唱指揮:テリー・エドワーズ

収録:1995年12月コヴェント・ガーデン・ロイヤルハウス  1996.4 道新教室にて

↓オランジュ古代劇場(絵葉書)

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↓Googleから/壁面保護のため2006年にガラスの屋根がかけられたそうです。

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 夜半、涼しい夜風に吹かれながら、野外劇場のエクサンプロヴァンスもオランジュも雨に降られることなく、つつがなく終わったことを喜びあいながらホテルへ帰りました。明日はミラノに戻ります。

 

 


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1999夏(11)オランジュ~ミラノ [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/14

 南仏の盛夏の旅はさすがに道産子の私たちにはきつかったようで、オランジュを発つこの朝はタクシーをチャーターしてマルセイユ空港へ向かう楽ちんコースをとることになりました。空港へ行く前にオランジュの観光名所の凱旋門に立ち寄り見学。紀元前20年代に建てられた門はアグリッパ街道に在ります。天井の花模様が前年訪れたシリアのパルミラ(ベル神殿)のものに似ている・・・写真は撮ったはずなのに行方不明。

↓ オランジュの凱旋門Arc de Triomphe

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オランジュからマルセイユ空港まではほぼ100Kの道のりですが、高速を飛ばして行き、思ったより(タクシー代も割り勘ですからリーズナブル)早く到着。それにタクシーの中ではO先生がフランス語のレッスン(ドライバーさん相手に 笑)そして、マルセイユからミラノへ。ミラノはマルペンサ空港でしたので、私のスーツケースも無事預かり所からピックアップできました。

 ミラノの宿は 中央駅から徒歩数分の4☆のホテル・マルコーニに3泊しました。電車通りに面していてトラムの音が少々。でも木の床に広い部屋(バスタブ付き)で居こごち良かったです。11日ぶりに対面したスーツケースを開けて、衣類の交換など。今夜はミラノ3泊のうち、オペラのない日ですから皆で実質的には最後のディナーを愉しむことになっています。それまではドゥオーモ近辺の散策したり、のんびり過ごしました。

O先生が予約してくださったレストランはスカラ座に近いCONSOLAREというお店。車も入れないような極狭い路地に面しています。手長エビのグリルが最高に旨くて、この後の何度かのイタリアの旅では手長エビをオーダーすることが多くなりました。他のパスタ類も◎、ミラノの宴会も楽しく終わりました。 

 


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1999夏(12)ミラノ [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/15

 ↓朝食室から見える中庭

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 のんびり、遅めの朝食をとりながら今日はどこへ行こうか~まずは皆でブレラ美術館へ。

↓ブレラ美術館の前庭にて

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☆ブレラ美術館 Pinacoteca di Brera(2)

 3年前次女と訪れていましたが、まだまだじっくり鑑賞したいものも、見過ごしていたものもありましたので、途中からグループを離れて自由鑑賞とさせて いただきました。カメラ禁止。絵葉書紹介は代表的な作品から。

↓ピエロ・デッラ・フランチェスカ「 モンテフェルトロ祭壇画」1472-74頃 251×173 図像解釈を巡ってさまざまな意見の分かれる謎めいたピエロの大作

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 聖母子を中心に聖人や天使、手前にモンテフェトロ公が特異な横顔を見せて膝まづいている。この絵を観て一番眼を惹かれるのは、背景の建築。厳密な遠近法で描かれた半円アーチの天井、そこから駝鳥の卵?が吊るされている。不思議な図像だ。そして上部からの光線が色大理石の壁や聖なる集団を照らし、ピエロらしい豊かで静謐な画面に大きな効果をもたらしている。画家の名前も何も知らなくてもこの絵の前を素通りすることはできない、そんな絵画だ (マイHPより) 

↓ラファエッロ「 聖母の結婚」1504 170×117

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↓ティントレット「聖マルコの遺体を盗み出すヴェネツィアの商人たち」1562-64  405×405

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 ティントレットの主な大作はほとんどヴェネツィアで観ることができます。ブレラのこの聖マルコ伝が主題の作品は元は<グランデ・ディ・サンマルコ同信会館>のために描かれた画家の中期の代表作です。他の2作品はヴェネツィアのアカデミア美術館に入っています。左手前のキリストによって指示される聖マルコの遺体を盗み出すというドラマティックな場面は大迫力 です。

↓カルパッチョ「聖母の神殿奉献」1504-8 137×130

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カルパッチョもティントレットと同じにヴェネツィアで多数の作品を観ることができます。この作品も元は ヴェネツィアの<アルパネージ同信会館>のために描かれた「聖母の生涯」の連作のひとつ。色彩の微妙な変化が美しく、夢幻的な空間に惹かれます。

 ランチは ドゥオーモから徒歩数分、狭いサンタ・マリア通りにある同名のレストランで。今回はフィレンツェは行かなかったので、ここでビステッカ・アッラ・フィオレンティーナをいただきました。本場にはかないませんがなかなかのお味で満足。午後からはホテルに戻り休憩と仮眠をとり、今夜のオペラに備えました。

↓ミラノスカラ座のチケット は2枚

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♪~ロッシーニ『セビリアの理髪師』 20:00~

指揮:リカルド.シャイー 演出:アルフレッド.アリアス

アルマヴィーア侯爵:ファン・ディゴ・フローレス ロジーナ:ジェニファー.ラルモア  フィガロ:ロベルト.デ.カンデア バルトロ:アルフォンソ.アントナッチ
1999/7   ミラノ・スカラ座

♪~ロッシーニの超有名な「セヴィリアの理髪師」ですが、私は生の舞台はこれが初めてでした。それにフローレスも初めて!まさに運命の出会い(笑)ですが、はじめは声は透明で高音も美しいけれど、押しが弱いというかパワー不足な感じでした。恋に一途な感じはまだまだでていませんでしたし・・・この後の活躍がこれほどになるとは、この時点では正直想像できなかったのです。また、偶然レストランでフローレスに会われたという札幌在住のFさん(私たちのグループとは別にミラノに来ていました)もその後、彼のホームページを開くまでになったことを思えば、私は耳が悪いのだと痛感した次第。その他は演奏も演出も平凡に思えたのはこちらの悪条件のせいかも。席はバルコンの2列目、前が大柄な男性のため舞台は半分しか見えません。腰痛と旅の疲れもあってヨレヨレ。体調が悪いとオペラも楽しめません。

参考映像:ロッシーニ(1792~1868)<セヴィリヤの理髪師>

Il Barbiere Di Siviglia
アルマヴィーヴァ伯爵・・・ロックウエル・ブレイク(テノール)ドン・バルトロ……・エンツオ・ダーラ(バス)ロジーナ・・・・・・・・・キャスリン・バトル(ソプラノ)フィガロ…………レオ・ヌッチ(バス)ドン・バジーリオ・・フルッチオ・フルラネット(バリトン)ベルタ…・ロレッタ・デイ・フランコ(ソプラノ)フィオレルロ……・・デヴィット・ハミルトン(テノール)士官……チャールズ・アンソニー(テノール)アンブロージ……・エドワードシャザールメトロポリタン・オペラ・管弦楽団・合唱団合唱指揮:デイヴィッド・ステイヴェンダー指揮:ラルフ・ウイカート演出:メトロポリタン歌劇場  1999.4道新教室にて  

 終演後、友人たちの出てくるのを待ちましたが、立っていられなくなり(もう帰っちゃったかも?と)、タクシーを拾って急いでホテルに帰り、バタンと倒れるようにベットへ。 席はバラバラでしたし、皆さんに断らずに先に帰ってしまうことになり、ご心配おかけしました。


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1999夏(13&14.15)ミラノ&帰国 [1999夏北伊と南仏オペラ仲間との旅]

7/16

 今日は旅の最終日、ミラノ滞在3日目です。美術好きな友人4人でミラノの美術館2つを巡りました。

☆ポルディ・ペッツオーリ美術館 Museo Poldi Pezzoli(2)

↓ ピエロ・デッラ・フランチェスカトレンティーノの聖ニコラウス」136×59 1454~69頃

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ピエロの故郷、サンセポルクロのサンタゴスティーノ聖堂のため製作された祭壇画の一部。中央部の聖母子は失われ、他も解体され各地に分散されました。旧HPの「美術館巡り/イタリア編」でも取り上げたポルデイペッツォーリ美術館にあるこの作品には、太陽の輝く青空と色大理石を背景に建つ聖人が描かれています。親しみやすい風貌と靴下姿?の聖ニコラウスは「トレンティーノのニッコロ」として盲目の子供を治し、ほかにも数々の奇跡を起こしたという13世紀終わり頃の能弁で知られた修道士。聖アウグスティーノ会の黒衣の修道服、皮のベルト姿がおきまりの図像 。

他にも ボッティチェルリの「書物の聖母子」ポライウオーロの「横顔の婦人の肖像画」、カルロ・クリヴェッリの「聖セバスティアヌス」など。1996年の旅日記にアップ済みなので省略します。

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 ↑ドゥオーモを眺めながらデパートの食堂で軽くランチを済ませアンブロジアーナ美術館へ。

 ここは修復期間が長く完成後を待っていた形で前年に独りで訪れていました。しかし、記憶違いで1998年春のブログにアップしていませんでしたので、改めて紹介させていただきます。ドゥオーモにも近い場所なので、この後も何度か訪れています。17世紀初めに設立された図書館に併設された美術館です。

アンブロジアーナ美術館 Pinacotica Ambrosiana (2)

↓カラヴァッジョの「果物籠」31×47 1596頃

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画集や絵葉書の写真より色彩は落ち着いていて、余白の部分も想像より広く感じました。日本画にも共通する余白の静かな美。葉に精緻に描きこまれた水滴・・・あまたの静物画のなかでも屈指のもの。カラヴァッジョの作品の中ではウフィツィの「バッカス」など、果物を配した絵画は多いのですが、いつも葡萄やいちじくなどに目を奪われてしまいます。

↓レオナルド・ダ・ヴィンチの「音楽家の肖像43×31 1490頃

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この絵の存在はここへ来て初めて知りました。作者帰属に問題があるとか。細かい説明はできませんが、レオナルド特有のオーラが感じられないのが・・・?です。

ボルゴニョーネ「天使と聖人を伴う玉座の聖母子」 ロンバルディア派の画家ボルゴニョーネ(1450~1523)の作品はミラノ近辺の主な教会に多数あり。一見華麗でモニュメンタルな画風ですが、親しみやすくナチュラルな人物の表情が魅力的です。

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ほかにはボッティチェリの「天幕の聖母」、ラファエロの「アテネの学堂のカルトーン」など。

 今夜のオペラの開幕まで部屋で休憩し、着替えて友人たちとスカラ座へ。

♪~マスネ『マノン』

指揮:ミシエル・プラッソン  演出:ニコラス・ジョエル

マノン:ガッラルド・ドマス  デ・グリュー:ジュセッペ・サッバティーニ
レスコー:ジーノ・キリコ  グリュー侯爵:アラン・ヴェルネ

  ♪~フランス語のオペラは同年6月東京で観たカルメンに続いて2回目でした。舞台はフランス18世紀のロココ絵画のイメージで色っぽい。↓の絵葉書はこの公演のカタログに掲載されたイメージ・フォト。ブーシェの「ソファに横たわる裸婦」(ミュンヘン/アルトピナコテーク)

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タイトルロールのマノンを歌ったガッラルド・ドマスは声量たっぷりで良く響き、勝ち気なマノンにぴったり。これも好調のサバティーニとの最後の二重唱で、悲劇の幕が下ろされようとしたその時、なんと携帯電話がチリチリと鳴ったのです。すぐに音は消されなかったので、主役2人は一瞬音楽が途切れたように思ったのではないでしょうか?歌いながらも戸惑いつつちらりと客席を見て。。。同時にこちらの集中力も途切れてしまい、怒り心頭、残念でした。スカラ座はイタリアオペラの殿堂といわれ熱いファンも多いと聞いていましたが、オペラにあまり関心のなさそうなツーリストも多く、マナーはあまり良くないです。

参考映像:マスネ (1842-1912)<マノン>

MANON
マノン・レスコー・・・・ビヴァリー・シルズ(ソプラノ)シュバリエ・デ・グリュー……・ヘンリー・プライス(テノール)レスコー・・・・・リチャード・フレドリクス(バス)ギョー・ド・モルフォンテーヌ……・ニコ・カステル(テノール)デ・グリュー伯爵・・・・サミュエル・レイミー(バス)ブレテイーニ・・・・・・ロバート・フェイル(バス)女優プセット・・・・・エリザベス・ハインズ(ソプラノ)女優ジャヴォット・・グウエリン・リトル(ソプラノ)ニューヨーク・シテイ・オペラ・オーケストラ指揮:ジュリアス・ルーデル演出:ティト・カポビアンコ収録:1977年10月8日 ニューヨーク・ステート・シアター、リンカーン・センター1999.3 道新教室にて

     この公演がこの旅の最後の夜でした。いくつもの素晴らしいオペラを観て、音楽の美酒に酔った心地のする旅でした。アフター・オペラはエマニエレ2世ギャラリーのカフェに立ち寄り、ビールで乾杯!!

7/ 17~18

 ミラノからアムステルダムを経由して千歳着。O先生をはじめオペラ仲間の皆さんには大層 お世話になりました。今思えば、この旅が私の20世紀最後の海外の旅になり、いろいろな意味で多くの刺激を受けました。翌年から自分で計画を立てて動くようになったのもこの旅からの影響が大きかったと思います。パソコンの普及とともにデジカメ、携帯電話、ユーロの本格的な流通と、21世紀の旅も大きな展開を迎えました。

「てるてる坊主のオペラと美術の旅 1」も今回で終了になりました。オペラと美術には全然関係のない(笑)1989年のシンガポールの旅から始まってちょうど10年、お越しいただいた皆様ありがとうございました。(2013.6.13~2016.10.3までのアクセスは今日: 53 / 累計: 57,657 )

2017.8.23現在アクセス数69154

2020.5.21現在アクセス数今日: 39 / 累計: 124,912  

 


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