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1998春の旅(7)フィレンツェ [1998春イタリアオペラ仲間との旅]

3/21(土)

 この日はオペラもないので、目いっぱいフィレンツェの街を独りで歩き回りました。まずはホテルからアルノ川にかかるカッライア橋を渡り、カルミネ教会へ。7年前には修復中だったブランカッチ礼拝堂のマザッチオとマゾリーノのフレスコ画がお目当てでした。でも昼過ぎにならないとオープンしなかったのか、まだ修復中だったのか、記憶が途切れていますが観ることは敵わず、教会だけ覗いて。。。

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 次の目的はやはり7年前のツアーでは見学しなかったピッティ宮殿にある美術館へ。

☆パラティーナ美術館  メディチ家のライバルだったピッティ家の宮殿は1458年に着工したのですが、完成前にピッティ家の当主が失脚したので100年近くも未完のままでした。16世紀の中ごろになってメディチ家のコジモ1世による増築と17世紀の大改修によって現在の姿になりました。その後はイタリア国王の居城にもなり、膨大なコレクションを所有していました。1919年に政府に寄贈され美術館になりました。 ラファエロとティツィアーノの名品揃いのコレクションに加えてフィレンツェで活躍した画家たちのフィリッポ・リッピ、ロッソ・フィオレンティーノ、アンドレア・デラ・サルトらがそろい踏み。ほかにはカラヴァッジョやジェンテレスキ父娘、ティントレットなども。下の写真はすべて絵葉書です。

↓ラファエロ「ヴェールの婦人」(1516頃)85×64  モデルはローマのパン屋の娘でラファエロの恋人。暖かな眼差しの庶民的な娘さんに、抑えた色調の衣裳の描写も素晴らしい~。

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↓ジョルジョーネ「三世代の男/合唱」1500頃 62×77 かってはG・ベッリーニやロットの作と考えられていましたが、近年の修復によりジョルジョーネに帰せられたようです。

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↓ティツィアーノ「ラ・ヴッラ/婦人の肖像」1536 100×75  モデルは不明ですが、ウフィッツィやウィーンにある名画のモデルと同一人物。魅力的な美人に豪奢な宝石の髪飾りやドレスの描写も素晴らしい。

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↓アンドレア・デル・サルト「洗礼者ヨハネ」94×68  デル・サルトは16世紀前半にフィレンツェで活躍。彼の画風は弟子であるポントルモやロッソ・フィオレンティーノに受け継がれ、マニエリスムにつながっていきます。

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↓アルテミシア・ジェンテレスキ「ユデットとその侍女」114×93.5  父のオラツィオと共にカラヴァッジョの強い影響を受けた女流画家。この作品は旧約聖書を題材にユデットと自分自身を重ね合わせたとみられています。

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実はこの美術館に来るまで彼女の作品は観たことがなかったので、もう一点の「ユデットとホロフェルネス」と合わせて、強い印象を持ちました。この翌年でしたか、彼女の壮烈な生涯を描いた映画が公開されました。映画の出来はやや興味本位に流れた感があり?でしたが・・・。

↓NETで見つけた映画「アルテミシア」ポスター

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 ランチの後はいったんホテルに戻り休憩して、午後遅くにウフィッツィ美術館へ。7年前にツアーで来て以来ですが、イタリアの美術館でもトップのここウフィッツィの人気はあのころの比ではありません。特に午前中はツアー客が多いので、大混雑。まだ予約システムもないころでしたから、夕方閉館前を狙って入りました。

☆ウフィッツィ美術館(2)  

 1991年以来の再訪です。まずは1200年代のジョットとドウッチョの部屋から初期ルネッサンスの部屋まで。

↓マザッチョとマゾリーノ「聖アンナ・メッテルツァ」1424頃 175×103

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聖母子と右上の天使はマザッチョ、聖アンナと他の天使たちはマゾリーノが描いた共作。聖アンナの右手と左手がこの一見静止した画面に動きを与え、聖母子を守護する立場を強調しています。この展示室にはほかにもピエロ・デッラ・フランチェスカやウッチェロなどがあり、フィレンツェの誇るルネッサンス絵画はこれから始まるというわくわく感でいっぱいになります。そしてリッピ親子の部屋へ。

↓フィリッポ・リッピ「聖母子と2天使」1465頃 95×63.5

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聖母のモデルはリッピが駆け落ちまでして恋を貫いた修道女のルクレツィアとされています。額縁で飾られた風景画を背景に、聖母の魅惑的な横顔、自然な表情の幼子と天使たち。後のボッティチェッリやダ・ヴィンチにも影響を与えた名画です。そして、これまたフィレンツェで活躍した画家ボッティチェッリの世界最大の作品コレクションが5室に渡って続きます。

↓サンドロ・ボッティチェッリ「ザクロの聖母」1487頃 トンド143.5

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幼児イエスの持つザクロは受難のシンボル。6人の天使たちの持つ百合や薔薇は聖母マリアの純潔と慈悲を表しています。トンドに配置された聖母子や6天使の見事な構図や色調の格調の高さに脱帽です。この部屋にはボッティチェッリの大作「春」「ヴィーナスの誕生」のほかに、15世紀後半のネーデルランドの画家ヒューホ・ヴァン・デル・グースの「ポルティナーリの祭壇画も展示されています。次はダ・ヴィンチの部屋~また閉まっていたトリブーナ(8角形のギャラリー)を通り過ぎ、ミケランジェッロのある部屋へ。

↓ミケランジェロ「トンド・ドーニ」1506~8頃 トンド120 

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フィレンツェに現存するミケランジェロ唯一の絵画作品。フィレンツェの商人ドーニ家のために、円形画として描かれたもの。1506年にローマで古代彫刻のラオコーン像が発見された(ミケランジェロも発見現場に駆け付けた)後に描かれたことは聖ヨゼフの後方の裸の若者のポーズをこの像からとっていることから推定されています。聖家族の3人の姿は螺旋状に絡み合っていて、冷たい色調と共に強い印象を受けました。マニエリスムの先駆的作品。最後は1600-1700年代のコレクションから

↓カラヴァッジョ「イサクの犠牲」1592-1604 104×135

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アブラハムは神の言いつけにより息子アブラハムを犠牲に捧げようとした、その時に天使が現れた場面を、旧約の場面よりもさらに劇的な構成と光と影に浮かび上がる表現で描いて見せました。作品の製作年も来歴も明らかでない作品ですが、ぴか一の傑作には間違いありません。

↓ギャラリーから

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↓共和国広場

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 夕食までいったん宿に戻りましたが、今日の美術行脚がハードだったのか、疲れで背中が痛くなり、痛みどめを服用。食欲もないので、油系のイタリアンはパス。当時フィレンツェにあった「竹亭」という和食屋で、同情して付き合ってくれた友人と二人で食事。お陰様で淡白な和食をいただき、なんとか痛みも治まりました。感謝です。


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