私の絵葉書美術館(追加) [絵葉書コレクション(マンテーニャ)]
特別編
マンテーニャ Andrea Mantegna(伊)1431~1506
15世紀の北イタリアの代表的画家。パドヴァでスクアルチョーネの下で修業。ドナテッロの影響を受けモニュメンタルで雄弁な線的・彫刻的様式を確立。ヤコボ・ベッリーニの娘と結婚。義弟のジョバンニ・ベッリーニに強い影響を与えた。1460年、マントヴァのゴンザーカ家の宮廷画家として招かれ、終生をこの町で過ごした。
↓パリ/ジャックマール-アンドレ美術館の聖人を伴う聖母子
↓同上のエッケ・オモ
↓パリ/ルーヴル美術館のキリストの磔刑(サン・ゼーノ祭壇画のプレデッラ)
トリノ/サバウダ美術館の聖母子と幼児ヨハネと5聖人
↓マントヴァ/サン・ジョルジョ城の天使
↓同上の出会い(ゴンザーガ一族と廷臣たち)
フィレンツエ/ウフィツィ美術館のマギの礼拝
↓ヴェローナ/サン・ゼーノ聖堂の祭壇画
↓ヴェローナ/カステルヴェッキオ美術館の聖家族と聖女
↓ミラノ/ブレラ美術館の聖ルカ多翼祭壇画
↓同上の死せるキリスト
ウィーン/美術史美術館の聖セバスティアヌス
↓同上のイサクの犠牲
↓ロンドン/ナショナル・ギャラリーのサムソンとデリラ
↓同上のオリーヴ山の祈り
↓ロンドン/ハンプトン・コート王室コレクションのカエサルの勝利(部分)
↓ドレスデン国立美術館の聖家族と幼児聖ヨハネ
↓ベルガモ/アカデミア・カッラ―ラ美術館の聖母子
↓ロスアンゼルス郊外マリブ/ポール・ゲッティ美術館の東方三博士の礼拝
私の絵葉書美術館(追加) [絵葉書コレクション(マネ)]
特別篇
マネ Edouard Manet(仏)1832~1883
印象派の先駆者。古典主義的な主題を現代風の情景の中に表現する方法を師のクチュールから学ぶ。「草上の昼食」と「オランピア」でこの考えを実現した。自由闊達な線と比類のない色彩感覚によって、近代生活の様々を描写。題材は多方面に及んだ。
↓パリ/オルセー美術館のローラ・ド・ヴァランス
↓同上のすみれの花束を付けたベルト・モリゾ
↓同上の浜辺にて
↓同上のオランピア
↓同上の草上の昼食
↓同上の笛吹く少年
↓同上のバルコニー
↓同上のガラス花瓶の中のカーネーションとクレマチス
パリ/マルモッタン美術館の横たわるベルト・モリゾ
↓リヨン美術館のジャンヌ・ドゥマルシー嬢
↓ミュンヘン/ノイエ・ピナコテークのアトリエの昼食(食後)
↓同上のボートのアトリエのモネ
↓フランクフルト/シュテーデル美術研究所の昼食
↓ベルリン・ナショナル・ギャラリーの冬の庭園
↓ニューヨーク/メトロポリタン美術館のボート遊び
↓同上のエスパダの衣装を着けたヴィクトリーヌ・ムーラン
↓ワシントン・ナショナル・ギャラリーの鉄道
↓ヴィンタートゥール/オスカー・ラインハルト・コレクションのカフェにて
↓ロンドン/コート―ルド美術研究所のフォリ―=ベルジェール劇場のバー
↓同上のエヴァ・ゴンザレスの横顔(エッチング)
↓箱根/ポーラ美術館のベンチにて
タグ:マネ
私の絵葉書美術館(追加) [絵葉書コレクション(マー1)]
マザッチョ Masaccio(伊)1401~1428/29
15世紀フィレンツェの画家。彫刻家ドナテッロ、建築家ブルネレスキとともに初期ルネッサンス美術の三大美術家とされる。明暗による人体の立体的・構造的表現と遠近法に基づく空間表現を有機的に結びつけた最初の画家。ローマのサン・クレメンテ聖堂で制作中に28歳で夭折。
↓ロスアンジェルス郊外/ポール・ゲッティ美術館の聖アンドレ(ピサ多翼祭壇画4)
↓ロンドン・ナショナル・ギャラリーの玉座の聖母子(ピサ多翼祭壇画2)
↓ナポリ/カポディモンテ美術館のキリストの磔刑(ピサ多翼祭壇画1)
↓フィレンツエ/ウフィツィ美術館の聖アンナと聖母子(マゾリーノとの共作)
↓フィレンツエ/サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂の聖三位一体
マセイス Quentin Massys (ネーデルラント)1465/66~1530
初期ネーデルラント第2世代の画家。アントワープのマニエリスム様式のの代表的画家として活躍。ウェイデン、フースらの影響が認められるが、次第に技巧的で優雅な画風に変わる。聖母子などの宗教画から風俗画へと移行しつつ、時にグロテスクへの偏愛も見せる。
↓アムステルダム国立美術館の聖母子
↓フランクフルト/シュテーデル美術研究所の男の肖像
↓パリ・ルーヴル美術館の両替商とその妻
↓同上の聖母子
↓デン・ハーグ/マウリッツハイス美術館の聖母子
↓ロンドン・ナショナル・ギャラリーの聖母子と4人の天使
マゾリーノ・ダ・パニカーレ Masolino da Panicale (伊) 1383頃~1447頃
15世紀初頭に活躍した国際ゴシックとルネサンスの間に位置する画家。マザッチョと共にフィレンツェやローマで壁画の製作に着手するがマザッチョの死後は単独で仕上げたとみられる。本来はゴシック的要素の強い画家であったが、マザッチョの影響下にあって、ルネサンス的な堅固な人体、空間の描写が見られる。
↓カスティリオーネ・オロ―ナ(伊)/コッレジャータの聖母の物語
↓同上の聖マタイと天使
↓同上の全体ドーム内陣
↓同上の洗礼堂・洗礼者聖ヨハネの生涯(キリストの洗礼)
↓ローマ/サン・クレメンテ聖堂のサクラメント礼拝堂
↓同上の受胎告知
↓同上のキリストの磔刑
マッケ August Macke(独)1887~1914
ドイツ表現主義の中にあって明るい色彩をオプティミスムを忘れることのなかった異色の画家。1912年カンディンスキーやクレーらと「青騎士」の結成に参加。1914年クレーらと共にチュニジアのカイルアンを訪れ、新しい様式を創造しつつあったが、同年第一次大戦に召集され戦死した。
↓ミュンヘン/レンバハハウス美術館の庭の花
↓同上の窓辺の鉢花
↓フランクフルト/シュテーデル美術研究所のヴァルターの玩具
↓ミュンスター/ヴェストファーレン州立美術館の流行の店
↓エッセン(独)/フォルクヴァンク美術館の帽子店
マルク Franz Marc(独)1880~1916
動物画に表現主義的コスモロジーを導入したドイツの画家。マッケやカンディンスキーと共にグループ「青騎士」を結成。ドイツをはじめロシアやフランスの同時代の芸術家と積極的に交流。重要な作品を制作していたが、第一次大戦に召集され戦死。
↓ミュンヘン/レンバッハハウス美術館の鳥
↓同上の猫とヌード
↓フランクフルト/シュテーデル美術研究所の犬
↓マドリード/テッセン・ボルミネッサ美術館の夢
↓エッセン(独)フォルクヴァンク美術館の風景の中の馬
マルティーニ Simone Martini (伊)1284~1344
14世紀シエナ派の代表的画家。師であったと思われるドゥッチョの装飾性、華麗な色彩を継承するとともに、写実的な表現にフランス・ゴシックの影響がみられる。晩年の作品は国際ゴシック様式を予告、フランスやフランドルの画家に強い影響を与えた。
↓フィレンツエ/ウフィツィ美術館の受胎告知と聖アンサヌスと1聖女
↓シエナ市庁舎「世界地図の間」のグイドリッチョ・ダ・フォリアーノ
↓同上の荘厳の聖母(マエスタ)部分
↓エクサンプロヴァンス/グラネ美術館の受胎告知と聖誕
↓アントワープ王立美術館のオルシーニ多翼祭壇画(受胎告知、キリストの磔刑、十字架降下)
マレーヴィチ Kazimir Severinovich Malevich (ロシア)1878~1935
ロシアにおける無対象表現、シュプレマティズムの創始者。ロシア未来派として活躍後シュプレマティズムの絵画を発表。ロシア革命に際しても急進的な姿勢をとり、各地の美術学校、工房で教鞭をとる。絵画制作では具象的で鮮やかな色彩の人物表現にも意欲を示した。
↓サンクトペテルブルク/国立ロシア美術館のIvan Klyunの肖像(The Builder)
↓同上の村の娘
↓ニューヨーク/グッケンハイム美術館の降雪後の村の朝
↓千葉/川村記念美術館のシュプレマティズム(消失する面)
私の絵葉書美術館(追加) [絵葉書コレクション(マグリット)]
特別篇
マグリット Rene Magritte(ベルギー)1898~1967
ベルギーのシュルレアリスムの代表的画家。ブリュッセルの美術学校で学び、ポスターや広告の仕事をしながら、未来派やキュビズム風絵画の制作。ベルギーのダダ運動~パリ滞在時は、シュルレアリスム運動にかかわる。ブリュッセルに戻り自己の様式を確立。人間の固定観念を揺さぶる知的な絵画と言われる。
↓ニューヨーク/近代美術館MoMAの光に帝国Ⅱ1950
↓同上の偽りの鏡
↓ブリュッセル/ベルギー王立美術館の光の帝国1954
↓同上の涙の味わい
↓同上の恐怖の仲間
↓同上の宝の島
↓同上の抒情
↓同上のインテリジェンス
↓同上の良き未来
↓同上の泥棒
↓同上の収穫
↓ヴェネツィア/ペギー・グッケンハイム・コレクションの光の帝国・1953/54
↓ヒューストン(米テキサス)/La Collection Menilの光の帝国
↓同上のゴルコンダ
↓同上のガラスの鍵
↓同上の中世のパニック
↓ニューヨーク/Richrd S.Zeisler Collectionの恋人たち
↓千葉/川村記念美術館の冒険の衣服
↓個人コレクションの幸せな手
↓同じく個人コレクションの滝
↓同じく個人コレクションのゴルコンド
↓同じく個人コレクションの旅の土産
↓ベルギーのフランス人会の無題
↓同上の無限の認識
↓個人コレクションのセラピスト
タグ:マグリット